2008年04月20日

芸術

心を覆っていた霧がようやくはれてきた。

ちょうど一晩冒されていた高熱が明け方に落ち着き始め、ようやく眠りへと落ちる前の心地よさにも似ている感覚だ。

芸術は人を救う、この確信はゆるぎない。解決のしない悩みなら大小は問わず、心にくすぶる様々なことを忘れさせてくれる。

そこには様々な人の意識が内在し、筆や楽器また、ただの紙切れであっても物を通してそれが表現されている。それに触れると不思議と自分の苦しみがどれほどにくだらないものか、物言わぬ作品だからこそそれが感じられる。

僕の場合、芸術はただ触れるだけの物ではなく実戦もしてみる。そしてこれがまたいい。

音楽を聴くだけにしても、単純に耳を傾けるだけでなく意味、目的を持って聴く。そして実際にギタースケールを頭に思い浮かべその演奏者がいかなる心持ちでその音、フレーズを選んでいるのかを彼の人生の背景を思いながら聴く。

そして、文字を連ねること、紙とペンがあれば場所は問わない。心の痛みに集中しようとする意識のままそれを紙切れに殴りつけていく、痛みを吐き出す作業に集中する。自分の心理の分析という意味にも心にひろがる霧を解消するのにこれ以上に適した作業はない。頭にきた相手をその場で殴りつけるくらいなら、一度紙切れに怒りをぶつけてみるといい。そのほうがよほど生きる上では建設的だ。

芸術は僕を救う。そして僕が芸術を実践することは誰かをも救う。
この素晴らしい人生の機会を無視して人は、人の輪の中で過ちに陥っていくのだろう。



タグ:アート 芸術
posted by pinkyslider at 15:32| Comment(64) | TrackBack(0) | Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月16日

小説『河口より』

天上からふりそそぐ、ひとすじの陽の光を、幾千もの光の粒にかえて天に返すように、水面から絶えることなく光が立ち昇っている。陽はだんだんと西へ傾き、河端に腰掛ける私の頬を真横から照らし、私に家路を思う気持ちを強くさせる。一日中ふりそそいだ陽の光の、すべてを天に返そうと、荒川は、広い河幅のぜんぶをつかって光を受けてはきらきらと返す。それを見ながら思う家路は、河口の遠く向こうより、なお遠い。

 まだ若い芝にすわり、手のひらでその感触を確かめながら、上流に目をやると、すこし向こうで電車が河を渡るのが見える。コトンコトン、と遠くその音を聴き、鼻から大きく空気を吸った。
 若草のにおいに混じって水のにおいがする。土のにおいに、塩も混じったそれは、海に近い独特な水のもの。そしてそれとは別に、空気の中に湿ったにおいも感じられる。それはそろそろ雨がふりだす季節と教えてくれる。
 季節は一年で八度かわる。そして私はその八度ここに座る。春の初めと春の終わり、夏の初めと夏の終わり、秋の初めと秋の終わり、冬の初めと冬の終わり。連続する季節のなかに、はじめも終わりもあるものかと、東京で生まれ育った友人が、笑っていたのを思い出す。
だが、季節には必ずはじめと終わりがある。私だけかもしれないが、私にはそう見える。そして水の風景も一年で八度かわる。春のはじめに花が咲き、春の終わりに花が散る。夏の初めに緑が茂り、夏の終わりには夕日のほうから寂しい風が吹く。秋の初めに色づく木々は、秋の終わりに葉を落とす。冬の初めに町は人工的に色をつけ、冬の終わりには人々が色づき始める。草木の色や町の色、人の色から空気の色まですべてが一様に変化する。水面はそれらのすべてを写し、写ったそれらを私は見る。春の終わりと夏の初めは違うのだよと、水面にすべてが写っては流れていく。

人の心をのぞいたときも、水は私に教えてくれる。ただひろく、ゆったりと、こなせばいいと教えてくれる。私はそれを水面に見る。ただただひろく、ゆったりとしたその水面の、あるがままを見つめている。その下でなにが起こっているかなど、気をつけようとしたことがないことにはっとして、人の心をはじめて知る。
水は音を立てているのだろうか、一度耳をすませてみたことがある。ごうごうと聴こえるそれが水の音かはわからないが、とても寂しく心に響いた。水の声ともわからぬ音を、水の声とはいえぬだろうと、耳を閉じ、また、見つめた。聞こえぬ声ほど寂しく響く。だから私は水面と目に、写るままだけ受け止める。

私が東京に出て、もう十年が過ぎようとしている。東京の地理などなにも知らず、この河口近くの町に部屋を借り、仕事についた今でもこの町を離れられないでいる。移ってから数年が過ぎたとき、私ははじめてこの河に見入った。一人になってじっくりと川面を見つめていると、私に語りかけようとする河がそこにあるのに気がついた。以来墨田川、江戸川にも時々足を運び、じっと河と向き合った。しかし、荒川ほどに写すものは多くない。余所行きな自分がそこにいるからであろう。とはいえ、私にとって東京は水の流れと切りはなせない。だから、私はこの流れのそばにずっと身をおいて暮らしている。

私の見つめる荒川は、その向こうに海があり、風の気分によっては海をすぐそばに感じるときもある。海の空気を感じたとき、河口を眺めながら目を閉じると、いつも閉じたまぶたの裏に、同じ画が思い浮かぶ。

羽が生えたように飛び立つ私。輝く河面を真下に見て、軽やかに河口へむけて羽をふる。きらきらと立ち昇る光につつまれ、顔を上げると正面から沈み行く陽の光が顔を打つ。目を細めて河口を抜け、海へ出て、東京湾の縁をなめるように沿って飛ぶ。そうしてそのまま横浜をこえ、三浦半島をこえ、湘南を右手に捉えてしばらく飛び続けると、だんだん富士が目前に迫ってくる。雄大な富士の姿に見とれながらも先を急ぎ、富士に一礼する間もない。渥美、知多の両半島からずっと西へすすみ、紀伊半島も右手に捉えて越える。そこからすこし北上して、播磨灘から小さな島々をたどって進む。広島の安芸灘、山口の周防灘、ずっと下って関門海峡を渡る。どの海もどの海も、きらきらと光を上げては、急ぐ私の後ろに流れていく。九州の陸が見えたら後は、陸に上ってまっすぐ行けば、黄色い屋根の家の庭、母が洗濯物を家にしまう姿が見える。

まぶたの裏で、鳥のようにひといきに、母のもとへと飛び立つ画。日本の腹をなでるように、太平洋岸をとびさえすれば、遠く離れた故郷の母にいつでも会える。
荒川の、河口を遠く眺めると、そこにはいつも母がいる。そしてその方から、私の頬を照らす、ひとすじの光。川面は幾千もの光をたたえ、陽の光を天に返す。私はただ頬に光をうけるだけで、返す術を知らない。

水は、私に教えてくれる。聞こえぬ声に耳を向けても、寂しさは募るばかりだと。だから、ただじっと見つめていればいい。思いをはせればいい。ひろく、ゆったりと流れてゆけば、おおらかなる水のように、心は海へと続くだろう。そして、その先へも続くだろうと。
私はいま、この河端に座る。遠く離れた人を思うその時、私は東京を生きている。

posted by pinkyslider at 20:11| Comment(0) | TrackBack(3) | 希望 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

安息

 宵の口からひと晩降り続いた雨に、葉はだいぶ落ち、庭は一夜にして様々な暖色に彩られている。

 休みに遅く起きた私は、息子が学生時代に東京から送ってよこした大学名入りの湯飲みに茶をいれる。そして熱すぎるほどに湯気の沸き立つ茶をすするようにして口をうるおし、時間をかけてゆっくりと煙草を吸う。新聞テーブルの脇にたたんだまま置いて、庭がまとった季節を眺めていた。
 三本目の煙草を終えるところで妻が手を拭きながら居間へ来た。朝の支度がひと通り済んだようすの妻に向かい、あいさつ代わりに私は言う
 「母さん、お願い」
 これだけで妻はわかってくれる。そして妻は返事もそこそこ準備に居間を出て行った。
 煙草をもみ消すと私は、居間と続きのサンルームへのっそりと移り、そこに作りつけた洗髪台に腰を下ろした。普通の家庭にはおよそおいていない洗面台つきの大きな椅子に深々と座り、暖かに陽をたたえる庭に向かって大きくあくびをひとつついた。

 妻は学校を出てから私と一緒になるまで美容師としてはたらいていた。私がまだ貧しく孤独に学問に取り組んでいたころ、月に一度まだ若い妻の店へ髪を切りに通っていたのだ。紙とペンと学術書に埋もれて過ごしたあの味気ない時代において、たった月に一度、彼女に頭を流してもらう五分の間が唯一、安息を覚えるかけがいのない時間であった。その後、事情の変更にともなって学問の道を閉ざされたときも定期的に彼女のもとへ通い、不本意ながらも実社会へ身を置くことになったときも彼女に髪を整えてもらっていた。

 一緒になってからしばらくの間は子供たちのことがあり、私は日々の仕事に追われる身でもあり、すっかり忘れられていたことであった。
 それが三年前、子供たちもみな一人前になり、私も落ち着いたということもあって、一生を終えるつもりでこの住み家に移った。家一軒を建立するのに私の稼ぎはたかが知れるものではあったが、古い知人に設計を頼んだということもあって、多少の無理を言わせてもらって、この庭向かいのサンルームに洗髪台をつくりつけたのだ。
 水道の加減や設備自体の費用など、ずいぶんと出入りのかかる難しい工事であったものの、旧知の友の便宜のおかげで、当時とほとんど同じ風体の洗髪台がサンルームの一角にしっかりとすえつけてある。それ以来、週末の午前中、私は起きがけにかならず妻に頭を流してもらっている。

 妻は仕事を離れてだいぶ経つが、いまだに慣れた手で私の頭部をホーローの流しにたおし、タオルをかけ湯の加減を確かめる。耳元で湯が心地よく音をたて、湯気の温もりが首もとをおおう。柔らかな手つきで泡をたて、私の頭を丹念にマッサージする妻の腕はまだ白くなめらかで、産毛が陽光にきらめいている。私の顔をおおう妻の胸は白いセーターを押しふくらまし、今でも豊かな勢いを維持している。
 その間、妻はひとことふたこと私に向かってなにかいうが、私はただ、
 「うん」
 とだけこたえる。
 最後に妻は、二人が若かったころと同じように、湯で温めたタオルを私に差しだす。しかし、タオルの下からのぞく手先には、浮き出た血管と水仕事によるひびの数が二人の歳月を確実に刻んでいた。その手先に思わず見入った私は―
 
 薄暗い六畳間の机の上で目を覚ました。
 肘の下では判例集がまた新しいしわをひとつ増やし、論文はいまだ終わりをみない。
 夕日に荒川が染まり、東京の秋を演出している。
 季節と夢を同時に眺めながら、私はふと思い立ち、机の上の専門書や原稿用紙をすべて床に下ろすと、便箋と万年筆を引出から引っぱりだした。
 人生において秋は何度も訪れる。そして秋こそが人生にとってもっとも美しい季節である。
 私は一年ぶりに故郷の母へ手紙を書いた。


posted by pinkyslider at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。